私は経済に関してど素人だ。株式市場というものが、素人も参加できる形で、なぜ今のように経済の中枢として巨大に存在できるのか、全くといっていいほど理解できない。その存在には、何の利益があるんだろう。これは、素人が日本経済を破壊し得る危険なシステムなのではないのか。証券市場に至っては、なぜそんなものが存在するのかすらわからない。
しかし、株式に関して、1つ理解している自信があることがある。株式市場は何も生産していないということだ。
では、株式で儲ける人は、なぜ儲けることが許されているのだろうか?
他人から金を奪ってるだけではないのか?
よくわからないが、おそらくこういうことだろう。
ある仕事を始めたい人が、元手が無くて始められないとする。そこで、誰かに出世払いでお金を借りる。そのお金を使って仕事を始めて、儲けたらお金を返す。儲けなかったら返さない。
これを大規模に同時に行っているのが、株式市場ではなかろうか。
ある人が投資を求めていれば、その人に投資をすることは、とてもいいことだ。その人の仕事を援助すること、ひいては、その人が行う生産に協力するということだ。その人の役に立つし、産業の役に立つのだから、その場合、投資したお金が還元されるのは正当な謝礼だと言える。
ある会社から、その会社の株を買うことにより、その会社に資金が入り、その会社が儲け、配当金をもらう。ここまでは理解できる。
私が理解できないのは、株の売買だ。
Aさんがある会社から株を買ったとする。そこで会社に投資された資金が入る。その株をBさんがAさんから買ったとする。会社の資金は変わらない。会社はAさんが投資した資金を元手に儲け、Bさんに配当金を渡す。
この場合、Bさんは誰かの役に立ったのか?
百歩譲ると、AさんとBさんが協力して投資した、とも思える。しかし、さらに理解できないのが、売り抜けだ。CさんがBさんから株を買い、短時間に株価が上がったら、Dさんに株を売る。Cさんは短時間で利益を得る。
Cさんは何の役に立ったのか???
Cさんがそのお金をもらうことを、神や仏は許すのか?
株式市場という名のお金が狂気のごとく飛び交う場所で、要領よくお金を横取りしただけではないのか?
そして、株式市場に参加するほとんどの人が、A/BさんでなくCさんとなることを狙っているのではないのか。
と思うから、私は株とか証券とかに興味が無い。
株式というものが、Cさんのような者の存在を許さないシステムになったら、経済の勉強しようと思っている。
そもそも、株で儲けようとすることは、汗水たらして仕事せずに楽に儲けようとすることだ。投資とか経済とか格好いいことをぬかしても、やってることは他人の金を取ろうとすることだ。たまに社会の役に立つことを除けば、単なる博打だ。
旧来、日本にはコツコツと真面目に働くことがいいことだとする文化があった。それが、アメリカンなルールがもたらした「勝ち組」「負け組」という言葉に象徴されるように、要領よく「成功」した「勝ち組」の人間がクローズアップされるようになって、日本人の意識が確実に変わったように思う。ある時から真面目であることがダサいとされるようになり、今やコツコツ働くのではなく、楽して要領よく成功することが格好いいとされている。その要領よく成功することが、他人から何かを奪うことだということを忘れてしまっている。
ここ数日、ライブドアの堀江社長がニュースをにぎわしているが、この人が現代の成功者としてテレビに出まくってた間、この人は日本人に何を教えたのか?「私のようにうまくやれば、合法的に他人からお金を奪いまくって、大金でもって豪快なお遊びができるんだよ!」ではなかったか?理性を失ったマスコミとグルになって地道に働く人に不快感を与え、子供や若者に地道に働くことはバカらしいと教えたのではなかったか?
マスコミよ、この機会に何も生産せずに稼ぐ「勝ち組」の社会悪っぷりを徹底的に糾弾し、それに対して真面目に仕事して何かを生産してる人がいかに社会の役に立っていて格好いいかをしっかりと国民に伝えなさい。
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